日本シェアホルダーサービス株式会社
チーフコンサルタント 藤島 裕三
本年6月に改訂されたコーポレートガバナンス(CG)・コードにおける最大の特徴として、これまで専らCEOはじめ経営陣の責務と捉えられてきたサステナビリティ課題の対応につき、取締役会が重要な責務を負うと明示されたことが挙げられよう。このことを象徴的に表しているのが、補充原則2-3①において施された修正である。
図表1 CGコード補充原則2-3①の新旧比較
旧コード(2018/6/1) | 改訂コード(2021/6/11) |
取締役会は、サステナビリティー(持続可能性)を巡る課題への対応は重要なリスク管理の一部であると認識し、適確に対処するとともに、近時、こうした課題に対する要請・関心が大きく高まりつつあることを勘案し、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討すべきである。 | 取締役会は、気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理など、サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる需要な経営課題であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである。 |
出所:東証資料よりJSS作成
改訂前(左)から改訂後(右)で青字部分がカットされ下線赤字部分が追加されたのだが、その結果、ほとんどの文章が書き換えられていることが分かる。ポイントは以下の3点。
すなわち従来、サステナビリティは成長戦略を支えるリスク・マネジメントと認識されて、経営陣が適切に対処することにつき、取締役会としては総論的に「検討」すればよかった。しかし改訂CGコードにおいてサステナビリティは成長戦略そのものであり、取締役会は各論、どのサステナビリティ課題に取り組むか、それによりどのような企業価値を獲得するのか、より活発に議論を戦わせることが期待されている。
もっともサステナビリティ課題に対する取り組みとは中長期的な視点に立った企業経営に他ならず、これを経営陣でなく取締役会の責務とするのはCGの根本原則である「監督と執行の分離」に反しないかとの指摘もあり得るだろう。本稿では今回のコード改訂そしてサステナビリティ課題につき、近年のわが国CG改革においてどのような意味を持つのかを確認、その上で取締役会はどのように対処するべきかについて考察する。
2012年に発足した第2次安倍政権において、CG改革は成長戦略の重要な施策と位置付けられた。「株主等が企業経営者の前向きな取組を積極的に後押しするよう、コーポレートガバナンスを見直し、日本企業を国際競争に勝てる体質に変革する」(2013年:日本再興戦略 -JAPAN is BACK-)ためで、毎年の成長戦略では以下のような論点が示された。
図表2 成長戦略におけるCG関連の論点
2013年 | 日本再興戦略 | ・社外取締役の導入促進
・日本版スチュワードシップ・コードの検討 ・高評価銘柄のインデックスの設定 |
2014年 | ・グローバル水準のROEの達成
・コーポレートガバナンス・コードの策定 ・対話のプラットフォーム作りを推進 |
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2015年 | ・「攻め」のガバナンス体制の強化
・経営陣に決定を委任できる範囲の明確化 ・統合的な開示の在り方について検討 |
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2016年 | ・ガバナンス改革は成長戦略の最重要課題
・情報開示の実効性・効率性の向上 ・株主総会プロセスの電子化 |
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2017年 | 未来投資戦略 | ・ガバナンス改革を形式から実質に進化
・事業ポートフォリオの機動的な見直し ・CG改革のKPIとしてROAを新たに設定 |
2018年 | ・迅速・果断な経営判断の促進
・グループガバナンスの在り方(指針の策定) ・自社株対価によるM&Aの促進 |
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2019年 | 成長戦略 | ・ガバナンス改革は高く評価されている
・グローバルスタンダードに沿った更なる強化 ・上場子会社のガバナンスについて批判あり |
2020年 | ・資本コストを踏まえた経営の更なる推進
・社外取締役の機能を実質化(指針の策定) ・東証市場区分の再編、TOPIXの見直し |
出所:首相官邸資料よりJSS作成
2014年の「日本再興戦略改訂 -未来への挑戦-」にて「グローバル水準のROEの達成」を掲げたのは、前出の「国際競争に勝てる体質」を測るKPIとして適切ということだろう。これを達成するため政府は「2つのコード」を導入、それぞれを投資家と企業が遵守することで、「中長期的なROE」の向上にむけて協働するスキームを確立した。
2017年の「未来投資戦略」具体的施策では、「大企業(TOPIX500)の ROA について、2025 年までに欧米企業に遜色のない水準を目指す」旨が新たなKPIとして設定された。短期的な資本政策ではなく中長期の事業戦略によって、ROEの向上を引き出す意図と考えられる。ただし2018年の同戦略および2019・20年の「成長戦略」においては、未だ欧米企業のROA水準には及ばない状況が確認されている。
このように「国際競争に勝てる体質」に向けた変革は途半ばであり、2020年の成長戦略は「資本コストを踏まえた経営の更なる推進」を改めて打ち出すに至っている。したがって今回のCGコード改訂は所期の目的を達成するため更なる施策が講じられたものであり、サステナビリティ課題を含んだ新たなテーマについても、中長期的なROEを引き上げるための重要な視点と理解することが適切だろう。
2020年秋、金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」(以下フォローアップ会議)は、CGコード改訂に向けた議論を開始した。以降7回にわたり、コロナ以後の経済・社会構造の変化を踏まえた諸課題に対応し、新たな成長を実現するために望ましいCGの在り方が議論された。
図表3 フォローアップ会議で議論されたCG論点
取締役会の
機能発揮 |
・独立社外取締役の質・量の向上
・取締役及びその候補のダイバーシティ ・指名委員会・報酬委員会の設置・活用(独立性等)、サクセッションプランの充実 ・取締役会評価の活用 |
資本コストを
意識した経営 |
・事業ポートフォリオ戦略の実施
・現預金保有・政策保有株式のあり方 ・企業価値の考え方 |
監査の信頼性
の確保 |
・監査役や内部監査部門等の強化(デュアルレポーティングラインや三線モデル等)
・内部通報制度の効果的活用 ・全社的リスク管理等の攻めの観点も踏まえたリスクテイクと内部統制システム |
グループ
ガバナンスの あり方 |
・グループ経営の最適な経営資源の配分とリスク管理のあり方
・支配的株主からの少数株主の保護のあり方 |
株主総会関係 | ・総会資料の早期提供、総会日程の分散、英文開示、議決権の電子行使・バーチャル株主総会 |
中長期的な持続可能性 | ・ESG要素を含む中長期的な持続可能性
・管理職等のダイバーシティ |
特にコロナ後の企業の変革に向けた諸課題 | ・DXの進展に伴う企業の変革
・持続的な成長のための人材育成・投資、社内環境の整備 ・不確実性の高まりに応じたリスク・マネジメント(感染症、気候問題、人権、データセキュリティ等) |
出所:金融庁資料よりJSS作成
「資本コストを意識した経営」を徹底するため「取締役会の機能発揮」を図るというのは、CGコードの目的である「会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」を導き出そうとする、まさに「攻めのガバナンス」のシナリオだと言える。また「監査の信頼性の確保」「グループガバナンスの在り方」「株主総会関係」は、「攻めのガバナンス」を支える基盤として、CGコードの策定時から重視されてきたテーマでもある。
その一方で「中長期的な持続可能性」と「特にコロナ後の企業の変革に向けた諸課題」は、特に今回の改訂に際してテーマアップされた新しいカテゴリーと位置付けられる(なお「ESG要素を含む中長期的な持続可能性」は既に、2018年実施の前回改訂で基本原則3の「考え方」に盛り込まれている)。これらについても全く新しい価値観が提起されたのではなく、ROE向上を目指す「攻めのガバナンス」を実現するための基盤として、CGが取り上げるべきマターと認識されたものと言える。同時にこれらサステナビリティ課題もまた「攻めのガバナンス」によって解決されるべきものだと捉えられるだろう。
今回の改訂前からCGコードにおいては前述の通り、ROEをはじめとする財務面の成果を支える「重要なリスク管理の一部」として、サステナビリティに配慮することを求めてきた。しかしROEの向上は途半ばであり、またコロナはじめ経営環境に不確実性が増す中、持続可能性を高める非財務面の取り組みが重要となってきている。下表はコード改訂の前後における財務・非財務それぞれの課題、および取締役会改革のポイントである。
図表4 CGコードにおける成長戦略と持続可能性
成長戦略(改訂前から継続) | ||
持続可能性(改訂で追加) | ||
財務面 | ・グローバル水準のROE
・機動的な事業ポートフォリオ再編 ・政策保有株式の縮減 |
・未だ低水準なROEの引き上げ
・事業ポートフォリオ再編の加速 ・支配的株主のいる上場会社の規律 |
非財務面 | ・迅速・果断な意思決定(権限移譲)
・「攻め」を支える「守り」のガバナンス ・ステークホルダーに配慮した経営 |
・収益機会としてのサステナビリティ課題
・競争力向上のためのダイバーシティ ・企業の潜在力を高める非財務資産 |
取締役会 | ・独立社外取締役の積極活用
・監督と執行の分離 ・個別業務執行への非関与 |
・さらなる独立社外取締役の増員
・チームとしての多様なスキルの確保 ・重要テーマの基本方針の策定 |
出所:JSS考察
アベノミクスのCG改革は前述した通り「成長戦略」の重要な施策であった。財務面の成果としてROE向上を達成するため事業再編や持ち合い解消の取り組みを期待、これを支える非財務面の仕組みとして権限移譲と守りのガバナンス、そしてステークホルダーの配慮がCGコードに盛り込まれた。そのために取締役会は独立性を高めて「監督と執行の分離」を促進、すなわち「モニタリング・ボード」を志向すべきとされた。
今回の改訂を経た上でも財務的な成長が期待されていることに変わりはなく、CGコードはこれまでの施策について加速を促している。ただし中長期的にROEを改善するためには、非財務的な取り組み(サステナビリティ課題の対応、ダイバーシティの確保、非財務資産の投資など)が不可欠なCG要素として、新たに追加されたと考えるべきである。すなわちCG改革の目的が「成長戦略」から「持続的成長戦略」に発展したとも言えよう。
このように拡大した課題に対応するため、取締役会には独立性そしてスキルの向上が求められる。改訂コードは原則4-8にて「独立社外取締役を少なくとも3分の1以上」の選任をプライム市場上場会社に求め、また補充原則4-11①は「いわゆるスキル・マトリックスをはじめ、経営環境や事業特性等に応じた適切な形で取締役の有するスキル等の組み合わせ」を開示すべきとした。改訂対応で強化された取締役会による課題解決が期待される。
独立性および多様性を高めた取締役会は、拡大した様々な課題についての重要性を見定め、それぞれに対応する「基本方針」を策定した上で、実効的な監督機能を発揮することが必要となる。以下に示すような、基本方針を軸としたPDCAサイクルの確立が望ましい。
図表5 拡大した課題解決のためのPDCAサイクル
主体 | 活動 | |
Plan | 取締役会 | 自社の重要課題に関わる「基本方針」を策定・改訂 |
Do | 経営陣幹部 | 重要課題を解決する個別実行プランを策定・実施 |
Check | 取締役会 ※監査役と連携 | 個別プランの実施状況を基本方針と整合するか確認 |
Action | 指名/報酬委員会 | 個別プランの実施状況を経営陣幹部の評価に反映 |
出所:JSS考察
サステナビリティ課題は業務執行に大きく関わるテーマであり、本来的には執行サイドのミッションであることに変わりはない。とはいえ経営陣幹部による検討・実施のプロセスがブラックボックス化した場合、非効率・不適切な取り組みにより企業価値が損なわれるかもしれない。そこで取締役会の役割として、特に重要なテーマにフォーカスした「基本方針」を策定、これに沿って執行の監督および経営陣幹部の評価を行うことが期待される。
例えば「サステナビリティ基本方針」であれば、まずは補充原則2-3①が挙げている各課題(環境、人権、従業員、取引先、自然災害)などをベースに、自社にマテリアルなテーマを抽出、自らの経営における意義(収益機会、リスク管理など)を確認した上で、課題対応の方向性そして目指す姿を定めることが考えられる。その実施体制および評価基準について大枠を示すと尚よい。同様に「ダイバーシティ基本方針」「非財務資本の投資方針」なども自社にマテリアルな範囲で議論することが望ましいだろう。
機関投資家は近時、役員報酬においてESG関連指標を導入することに関心を示している。代表的なESGインデックスに採用されることも評価に値するだろうが、自社が特に重要と捉えている個別課題につき、可能ならばKPIを定量的に示すこと、それが難しくても基本方針に沿っているか定性的に評価することは、監督プロセスとして説得力を伴っているのではないか。モニタリング・ボードとしての適切な関わり方だと言えよう。
CGコードにおいて取締役会は「戦略的な方向付けを行うことを主要な役割・責務の一つ」(原則4-1)と改訂前からされてきた。多くの場合では「戦略的な方向付け」をビジョンや中期経営計画と解釈した上で、取締役会の決定事項と位置付ける実務が定着している。その重要な構成要素として「資本政策の基本的な方針」(原則1-3)や「政策保有に関する方針」(原則1-4)、さらに「株主との建設的な対話を促進するための体制整備・取組みに関する方針」(原則5-1)などを含める例もあろう。改訂で求められた「サステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針」(補充原則4-2②)も同様に捉えることができる。
一方で同時に改訂された「投資家と企業の対話ガイドライン」は、サステナビリティ課題につき検討・推進する枠組みとして「取締役会の下または経営陣の側に、サステナビリティに関する委員会を設置する」ことを例示している。これを受けて取締役会の諮問委員会として「サステナビリティ委員会」を設置することを、CGコード対応として検討中もしくは設置済みの上場会社は少なくないと認識している。指名・報酬機能と並んでサステナビリティを取締役会委員会とすべきとの主張も見られる。
ただしサステナビリティは「戦略の方向付け」そのものであって、それを受けて評価を行う指名・報酬機能とは意味合いが異なる点に留意すべきである。そもそもサステナビリティは取締役会がビジョンや中計の一環として議論すべきものであり、その基本方針を策定して監督する機能を諮問委員会に外出しすることは、CG機能において新たなブラックボックスが生じることにもなりかねない。なぜ経営陣側ではなく取締役会の下にサステナビリティ委員会が必要なのか、慎重に検討した上で組織設計を進めるべきだろう。自社の取締役会に望ましいサステナビリティ課題への関わり方を構築されたい。
-以上
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