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ESGの今までとこれからを考える

 

2021年はESGをめぐって様々な動きのあった年でした。しかも、その動きが金融や経済の枠を超えて世間の注目を集め、新聞、雑誌、テレビ、インターネット上のメディアなどで気候変動を中心としたESG関連の記事やコメントを見ない日はほとんどなかったほどです。

 

環境問題については、10月末から11月にかけての第26回締約国会議(略称COP26)が英国グラスゴーで開催されたこともあり、気候変動予測とその対策、特に二酸化炭素を中心とした温室効果ガス(GHG)の話が引きも切らない状況です(なお、京都議定書は1997年COP3、パリ協定は2015年COP21で採択)。また、環境以外では、「社会」分野の課題として職場の安全性、搾取問題や児童労働といったビジネスと人権関連の話も多く見受けられます。コーポレートガバナンス・コードの改訂は投資家や上場企業の間で大きな話題となっていますが、ESGからはなんとなく切り離されている印象を受けます。

 

もとを辿れば2000年前後から企業のCSRに着目する社会的責任投資(SRI)が注目されはじめましたが、その時点ではコーポレートガバナンスは別ジャンルで、一緒に語られることはありませんでした。これらが一体として見られるようになったのは2006年4月に環境問題に取り組む国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)が人権等の問題を担当する国連グローバル・コンパクトと一緒に責任投資原則(PRI)を策定し、その中で環境、社会、コーポレートガバナンスからなるESGという言葉が作られてからです。ここで「コーポレートガバナンス担当がいないじゃないか」と気がついたあなた、さすがです。国連にはコーポレートガバナンス担当組織がないのです(一時期担当者がいたことはありますが)。もともと機関投資家の関心が高かったコーポレートガバナンスを付け加えることで、投資家を環境問題や社会問題に巻き込むことが企図され、年金などのアセット・オーナー(資金拠出者)に声をかけることで、アセット・オーナーの資金を運用するアセット・マネージャー(運用機関)は自然に巻き込まれる、という考え方だったそうです。その目論見は確実に成果を上げてきたといえるでしょう。60機関程度の署名で始まったPRIには2021年12月現在世界中で4,500を超える投資家・機関が署名しています。

 

参考にESGという言葉が日経グループ(日本経済新聞、日経産業新聞、日経ヴェリタス、日経MJ)の各紙でどの程度記事となっているかについて調べてみたところ、責任投資原則が策定された2006年はわずか3件でしたが、今年は12月2日までで1,379件に上りました。

 

ここ数年で機関投資家にとってESGは検討せざるを得ない項目から検討するのがあたりまえの項目となり、一方で企業、特に上場企業にとっても対応・開示すべき項目になったといってよいでしょう。初期のころには機関投資家から「企業はどのような点を重視しているのか」という質問がある一方で、企業からは「投資家はどこを見ているのか」との質問がある、という状況でした。両サイドとも手探りだったのです。現在でも企業側からは、何にどう対応すべきか、何をどこまで開示すべきかがわかりにくい、という声が聞かれます。また、調査会社の着眼点や重視する項目が必ずしも一様ではないことが、機関投資家からも上場企業からも問題視されています。

 

しかし、それは本当に統一する必要のある問題なのでしょうか。

 

2005年に国際標準化機構(略称ISO)がISO26000という国際規格の素案を公表したことを覚えている方もいらっしゃると思います。ISOといえば環境マネジメントシステムの認証規格ISO14001や品質マネジメントシステムの認証規格ISO9001がつとに有名です。認証を受けておられる企業も多いと思います。そのISOがPRIの議論と同じ時期に社会的責任の規格を検討していました。そして、環境、人権、労働等7項目を柱としてISO26000の素案を公表し、規格は2010年に発効しました。幅広い内容をカバーし、百ページを優に超える分厚い文書でしたが、規格の「認証」はされていません。そのため9001や14001のようには普及していません。認証を求める声も多くありましたが、最終的に認証はなされないこととなったのです。文化的な項目や倫理的な項目など、世界一律基準で認証をすることは可能なのかという議論があった結果と認識しています。

 

ESGにかかわる項目には、ISO26000の議論と同様に文化的、倫理的な項目が出てくる可能性があります。それを一律に判断してよいのか、すべきなのかは簡単に決められる話ではありません。他にも原子力発電をどう考えるか、など結論が出ていない論点も多くあります。

 

また、調査会社のみならず様々な国際機関や政府、NGO・NPOなどから色々な課題や項目について改善要請や情報開示要請が出ていることも、事態を非常にわかりづらくしている理由でしょう。企業の本業関連であっても環境、社会、コーポレートガバナンスのどれに区分されるのかよくわからない課題もあります。

 

国際機関や政府、NGO・NPOによって問題にしている内容も様々です。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は英国の中央銀行が音頭を取ってG20の金融安定化理事会(FSB)が設置した会議ですし、情報開示について先行して対応策を公表しているEUでは、サステナブルファイナンス開示規則(SFDR)やEUタクソノミー規制をはじめ色々な規制を策定しています。EUの規制では企業側のみならず、投融資を行う金融機関にも開示を求めています。とはいえ、統合を模索する動きも出てきています。例えば統合報告(IR)を担当する国際統合報告協議会(IIRC)とサステナビリティ会計基準協議会(SASB)が2021年6月に合流し、価値報告財団(VRF)が設立されましたが、これは開示すべき事柄をまとめるということが目的の一つであると認識しています。

 

そこで参考材料として頻出するのが、持続可能な開発目標(SDGs)です。SDGsは、2015年の国連サミットにおいて加盟国の全会一致で採択されました。なおこのサミット時に、日本の年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がPRIに署名しESG投資を開始すると当時の安倍首相が発表しました。

 

SDGsは2030年までの目標です(それ以降どうなるかは未定です)。前身のミレニアム開発目標(MDGs)は開発途上国向けで、2001年から2015年までの目標でした。後継であるSDGsは先進国も含めてすべての国が取り組むべき普遍的目標という位置づけであり、各国政府のみならず、企業や地方自治体、学校、市民社会、そして一人ひとりの行動が求められています。ESGが分かりにくいという話であった折に、企業はSDGs対応状況について投資家に説明をすればよいのではないか、という話になったのです。SDGs対応には環境問題や社会問題への取り組みが入っています。

 

日本国内でも、内閣府、経済産業省、法務省、金融庁、環境省、外務省、厚生労働省などの省庁もそれぞれの立場から取り組んでいます。

 

上場株式投資から始まったESG投資は、未上場株式、公社債、不動産(REIT含む)やオルタナティブ投資へと対象を広げています。また、融資についてもESGを考慮することがあたりまえになりつつあります。日本企業は、ルール策定にもっとかかわるべきではないかと思います。ルールができるのを待って対応するだけではなく、対応できないルールが日本企業抜きで勝手に決められてしまわないようにすることが、これからもっともっと重要になってくるでしょう。

以上

 

本稿は三菱UFJ信託銀行の「サステナブル通信 第13号」に寄稿したものです

 

【執筆者:山崎 明美】

日本シェアホルダーサービス株式会社 研究開発/コンサルティング部 ESG/責任投資リサーチセンター

チーフコンサルタント

 

 

 

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