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高まる「PBRリスク」と上場会社に求められる対応      ~東証要請「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」を踏まえて~

2023.6.13
日本シェアホルダーサービス株式会社
ESG/責任投資リサーチセンター
チーフコンサルタント 藤島 裕三

 

©Photo by Tats

 

 

はじめに

 

東証は3月31日、上場会社に対して「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願い」[1]を通知した。そのうち「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」(以下、東証要請)[2]において、「プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場会社がROE(自己資本利益率)8%未満、PBR(株価純資産倍率)1倍割れと、資本収益性や成長性といった観点で課題がある状況」を問題視している。これを受けて「PBR1倍割れ」を理由とする株主提案が続出するなど、いわば「PBRリスク」が高まっている。

 

そこで本稿においては、現状のプライム市場上場会社におけるPBRリスクの状況につき確認する。さらにPBRリスクに晒されている上場会社において、どのような姿勢で対応することが望ましいかについて若干の考察を行う。

 

プライム市場のPBRリスク

 

2023年5月22日時点のプライム市場上場会社のうち、期末時点のPBRにつき5期分のデータ(2018-2022年度)を得ることができた1,761社をサンプルに、①直近期、②過去5期平均、③過去5期連続で1倍割れとなった会社数を抽出した。なお期中において1倍を超えたタイミングのある上場会社が含まれている可能性がある点は留意されたい。

 

図表1:PBR1倍割れのプライム市場上場会社(期末ベース)

出所:日経バリューサーチのデータよりJSS作成

 

前述した「プライム市場の約半数の上場会社がPBR1倍割れ」という東証要請の問題意識を、①直近期がサンプル全体の51%とのデータは裏付けている。これが②過去5期平均でもやはり同47%に達することは、資本市場の低評価が一過性でなく長期にわたって定着している事実を示している。さらに③過去5期連続で1倍割れである同34%の上場会社は、相対的に高いPBRリスクに晒されていると言えるのではないか。

 

投資家が最も重く問題視するのは、PBR1倍割れが低水準なROEの裏付けを伴って継続している上場会社と考えられる。そこで前述の③過去5期連続でPBR1倍割れだった607社の中から、議決権行使助言の最大手であるISS(インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ)のROE基準(過去5期の平均ROEが5%未満かつ、直近の会計年度のROEが5%未満)に抵触した社数を確認したところ、サンプル全体の1割強に相当する212社が抽出された。このカテゴリーに該当する上場会社は、東証要請が求める「資本コストや株価を意識した経営」につき、より真摯に取り組む必要があるだろう。

 

図表2:PBRが5期連続で1倍割れのプライム市場上場会社のうち、ISSのROE基準に抵触する会社数(2022年度)

出所:日経バリューサーチのデータよりJSS作成

 

セクター別のPBRリスク

 

次にセクター別によるPBRリスクの状況を確認する。ここではリスクの高・中・低について以下と定義、高リスクの割合が大きいセクター(東証業種分類ベース)を抽出した。

  • 高リスク:5期連続でPBRが1倍割れかつISSのROE基準に抵触
  • 中リスク:5期連続でPBRが1倍割れだがISSのROE基準はクリア
  • 低リスク:5期連続でPBRが1倍割れではない

 

図表3:「PBR高リスク企業」の割合が大きいセクター(東証業種)

出所:日経バリューサーチのデータよりJSS作成

 

最も高リスク企業の割合が大きかったのは銀行業で、セクター全体の76%にまで達している。次いで繊維製品が43%と証券・商品先物取引業が42%、電気・ガス業が36%である。なお、これらに続くのは金属製品と輸送用機器で、それぞれ約3割となっている。ROEおよびPBRが低水準である要因はセクターごと、さらには各社それぞれに存在することになるが、少なくとも上記を鑑みると、高リスク企業は規制産業あるいは成熟産業に多いとは言えそうである。

 

セクター全体としてのPBRリスクが高い場合、そこには構造的な要因の存在が想定できる。アクティビストのみならず投資家からは、例えば事業ポートフォリオの大胆な改革、さらには業界再編を企図したM&Aなどを求められることも懸念される。そのようなセクターに属する上場会社としては、あらかじめ自社セクターの将来像をイメージした上で、独自に成長するストーリーを構築しておく必要があるだろう。

 

上場会社に望ましい対応

 

東証要請はPBR1倍割れにつき「資本コストを上回る資本収益性を達成できていない」ことを示唆すると指摘しており、本稿の分析におけるPBR高リスク企業はこれに該当する。ただし同時にPBR1倍割れは「成長性が投資者から十分に評価されていない」ことにもよるとしており、さらに「既に1倍を超えている場合でも、更なる向上に向けた目標設定を行う」ことを求めている。すなわち「PBR1倍割れの解消」は企業価値向上においてはマイルストーンに過ぎず、これを1.2倍そして1.5倍、2倍以上へと継続的に高めていくべく、不断の努力が上場会社には必要とされているのである。

 

東証要請が問題視する「資本収益性や成長性といった観点で課題がある状況」に対応するため、JSSでは以下のフレームワークを提唱している。①まずは適切な資本政策で投資家の信頼を獲得、②事業ポートフォリオ改革で資本収益性を改善、③成長に資するサステナビリティ戦略を策定することで「資本収益性や市場評価の改善」が達成可能と考える。そしてコーポレートガバナンスにおいては、①~③のアクションが投資家目線に適うかにつき、コーポレートファイナンスの観点からモニタリングする機能が期待されよう。

 

図表4:PBR向上を目指すマネジメントとガバナンス

出所:JSS考察

 

[1] https://www.jpx.co.jp/news/1020/20230331-01.html

[2] https://www.jpx.co.jp/news/1020/cg27su000000427f-att/cg27su00000042a2.pdf

 

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以上

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