リサーチセンター通信

HOME > リサーチセンター通信 > TOPIX100採用企業のスキル・マトリックス調査~2023年の株主総会資料における記載を分析する~

リサーチセンター通信

TOPIX100採用企業のスキル・マトリックス調査
~2023年の株主総会資料における記載を分析する~

2024.5.20

日本シェアホルダーサービス株式会社
ESG/責任投資リサーチセンター
チーフコンサルタント 藤島 裕三
シニアコンサルタント 矢幡 静歌

 

 


©Photo by Tats

 

1.はじめに

 

再改訂コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)が2021年6月に施行されて以来、丸3年間が経過しようとしている。その間において、補充原則4-11①が「取締役の選任に関する方針・手続と併せて」開示すべき「取締役の有するスキル等の組み合わせ」として「いわゆるスキル・マトリックス」を策定、株主総会資料に掲載して役員選任議案の補足説明とすることが、上場会社においてはスタンダードになりつつある。

 

東証がウェブサイトで公表した、2022年7月14日時点の「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況」[1]によれば、プライム市場上場会社による補充原則4-11①のコンプライ率は89.7%に達した。これを受けて東証は「スキル・マトリックスによる開示が一般的」になっているとコメントしている。「投資者との建設的な対話を中心に据え」るべきプライム市場上場会社にとって、スキル・マトリックスは必須の対話ツールと言えるだろう。

 

弊社では再改訂CGコードの施行後、2021年10月末[2]および2022年10月末[3]におけるTOPIX100採用銘柄を対象に、株主総会資料におけるスキル・マトリックスの開示状況について調査してきた。いわゆる「スキル・マトリックス元年」である2021年の調査では、TOPIX100採用銘柄であっても同開示事例は半数を少し超える程度に止まったが、2022年においては約9割でまさにスタンダード化している。本稿においては3年目となった2023年のスキル・マトリックスにつき、時系列比較を交えて報告する。

 

2.調査の概要

 

2023年10月の銘柄見直し時におけるTOPIX100採用銘柄(100社)を対象企業として、2023年1-12月に提出された株主総会資料におけるスキル・マトリックスの開示有無および開示内容につき、調査・分析を行った。分析手法としては3期間のデータによる時系列分析に加え、ガバナンス組織形態によるクロス分析を実施している。なおTOPIX100採用銘柄の組織形態別による内訳としては、指名委員会等設置会社が22社、監査等委員会設置会社が20社、監査役設置会社が53社となっている。

 

調査の結果、今回の分析対象となった開示事例は95社で、前回の91社からさらに増加した。なお株主総会資料における開示が確認できなかった5社についても、うち2社は別の開示媒体でスキル・マトリックスを公開、ほか3社においても独自の方法[4]で「取締役の有するスキル等の組み合わせ」を説明している。本調査においては「スキル・マトリックス」としての明確な書式、および役員選任議案の補足説明としての有用性・重要性を鑑みた。

 

図表1 TOPIX100採用企業における開示状況

出所:各社株主総会資料よりJSS作成

 

また本調査では過去2回から引き続いて、スキル項目を分析するための手法として、下記の大項目5つによる弊社独自のカテゴリーを用いる。上場会社が持続的成長を実現するためには、①サステナビリティに適う存在意義(パーパス)を見出し、独自の②ビジョン/経営戦略を実現するため、差別化された③ビジネスを、卓越した④マネジメントで遂行することを、株主重視の⑤ガバナンスにより実現する、ことが望ましいとの考え方による。

 

図表2 スキル項目に関する5つの大項目

出所: JSSによる考察

 

監督機能を主眼とするモニタリング・ボードにおいては、⑤ガバナンスのスキルが最低限必要となる。その上で実効性の伴ったモニタリングを実施するには、①サステナビリティ、②ビジョン/経営戦略の知見が求められよう。また業務執行の決定も伴うマネジメント・ボード(あるいはアドバイザリー・ボード)であれば、③ビジネスや④マネジメントに踏み込んだ資質が期待される。全てをモニタリング、マネジメントと明確に線引きすることは難しい面もあるが、分類された各社のスキル項目には一定の特徴が表れるものと思料される。

 

3.スキル項目の数および分類

 

開示95社のスキル・マトリックスにおけるスキル項目の総数は750で、1社当たり平均は7.9項目となった。2021年は7.2項目、2022年は7.8項目であり、2023年においても若干の増加傾向が確認できる。なお2022年にスキル項目数が目立って増加した背景として、CGコード再改訂直後の2021年にはガバナンスに熱心な企業が先行して開示、それらはモニタリング・ボード化が相対的に進展していることが影響したと推測される(後述参照)。

 

750のスキル項目につき、前述した「5つの大項目」でカテゴリー分けを実施したところ、④マネジメントに関わる項目が最も多く、これに加えて②ビジョン/経営戦略、⑤ガバナンスの項目が中心であることが分かった。③ビジネスの項目が少ないことから、取締役会のモニタリング・ボード化が相応に進展している一方、マネジメントの在り方を本社・管理の視点でチェックする役割は依然、多くの取締役会で重視されていることが窺われよう。

 

図表3 大項目によるスキル項目の分類(全体)

出所:各社株主総会資料よりJSS作成

 

大項目別によるスキル平均個数について3期間の推移を確認すると、①サステナビリティおよび④マネジメントの増加トレンドが明確になった。サステナビリティ全般の課題認識が①に、個別テーマの課題認識が④に含まれており、サステナビリティ対応が取締役会の責務として重要性を増していることが現れている。なお⑤ガバナンスが減少傾向であることは、取締役に必須のスキルとして当然視する考え方などが影響しているかもしれない。

 

 

図表4 大項目によるスキル項目の平均数推移(全体)

出所:各社株主総会資料よりJSS作成

 

さらに細分化した弊社独自の「中項目」による分類についても、スキル項目の平均数につきグラフ化した。1社当たり平均が8項目弱であることから、典型的なモデルケースを想定するとすれば、例えば「企業経営」「グローバル」「財務/会計」「リスクマネジメント」の4項目をベースに、各社の企業理念や経営課題に応じて3-4項目をプラスするイメージだろうか。追加項目としては「サステナビリティ」「自社事業の知見・専門性」「人的資本」「IT/DX」「研究開発」あたりが相対的に納得性も高いのかもしれない。

 

 

図表5 中項目によるスキル項目の分布(全体)

出所:各社株主総会資料よりJSS作成

 

4.ガバナンス組織形態別の分析

 

大分類によるスキル項目の平均数をガバナンス組織形態で比較したところ、顕著な特徴が見られた。指名委員会等設置会社(平均7.5項目)は①サステナビリティが多い一方、④マネジメントは極端に少ない。監査等委員会設置会社(同9.0項目)では②ビジョン/経営戦略と③ビジネス、④マネジメントがいずれも高水準である。監査役設置会社(同7.7項目)においては①サステナビリティと②ビジョン/経営戦略、③ビジネスが相対的に少なくなっている。以下、それぞれの組織形態について個別に確認する。

 

図表6 組織形態別によるスキル項目の平均数(大項目)

出所:各社株主総会資料よりJSS作成

 

(1)指名委員会等設置会社

上述した通り、指名委員会等設置会社のおけるスキル項目の特徴は、①サステナビリティが多く④マネジメントが少ない点にある。ここにはサステナビリティ全体の課題認識はモニタリング・ボードである取締役会の責務だが、個別テーマについては執行サイドに権限移譲すべきとの考え方があると推測される。ただし時系列で見た場合、その④マネジメントが増加トレンドにあることが分かる。人的資本やIT/DXなどの個別テーマにつき重要性が高まり、取締役会で議論する必要性が無視できなくなってきたのではないか。

 

 

図表7 指名委員会等設置会社のスキル項目数推移(大項目)

出所:各社株主総会資料よりJSS作成

 

(2)監査等委員会設置会社

監査等委員会設置会社のスキル・マトリックスにおける最大の特徴は、スキル項目数が平均9.0項目と多いことにある。最も多いのは④マネジメントのカテゴリーで、ここだけでほぼ3項目を設定している。③ビジネスも相対的に多いことを勘案すると、監査等委員会設置会社の取締役会はマネジメント・ボードが通常であり、業務執行マターを含めた多岐にわたる議論を行うためのスキルが必要とも考えられる。本来、監査等委員会設置会社のスキームはモニタリング・ボード化のツールとして期待されており、その要請に実質面で応えているかを測るひとつの尺度として、スキル項目数を用いることは有用かもしれない。

 

 

図表8 監査等委員会設置会社のスキル項目数推移(大項目)

出所:各社株主総会資料よりJSS作成

 

(3)監査役設置会社

一方でマネジメント・ボードの典型と見られがちな監査役設置会社については、スキル項目数が7.7項目と指名委員会等設置会社の7.5項目と変わらず、やや④マネジメントが目立つものの極端に項目数が多いカテゴリーも見られない。むしろ時系列では③ビジネスは減少トレンド、④マネジメントは少なくとも頭打ちの傾向にある。このことからTOPIX100のような時価総額の大きい監査役設置会社では、いわゆるハイブリッド型の機関設計などを通じて、モニタリング・ボード化が真摯に取り組まれていると言えるのではないか。

 

 

図表9 監査役設置会社のスキル項目数推移(大項目)

出所:各社株主総会資料よりJSS作成

 

 

5.投資家がスキル・マトリックスから読み取れること

 

周知の通り、わが国におけるコーポレートガバナンス改革は「形式から実質へ」のステージに舵を切っている[5]。取締役会を人数や独立者の割合など「形式」で判断することに止まらず、どのようなメンバーがどのような議論をしているかの「実質」を投資家が知る情報として、スキル・マトリックスの利用価値は引き続き高まっていくだろう。このことを踏まえて、今回の調査・分析を通じて得られた以下の示唆・仮説について確認されたい。

 

  • スキル項目は平均で約8項目だが、業務執行マターが多いほど項目数は膨れる
  • モニタリング・ボードにおいても、サステナビリティ関連の項目は増えている
  • 監査役設置会社は監査等委員会設置会社よりもモニタリング化が進展している

 

特に気になるのは3点目の裏腹となる、監査等委員会設置会社における取り組みである。同スキームについては例えば、経産省「CGSガイドライン」[6]において「単に機関設計を変えるだけでは、監査等委員会設置会社の持つガバナンス上の利点を十分に活用できることにはならない」ことが懸念されている。このことは資本市場における監査等委員会設置会社の見方、評価と大筋で合致しているのではないか。わが国企業の取締役会について実質的にモニタリング・ボード化が進展しているかを、投資家としてはスキル・マトリックスから読み取ろうとしているものと認識すべきだろう。

 

[1] https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/index.html

[2] https://www.jss-ltd.jp/esgrirc/report/153/

[3] https://www.jss-ltd.jp/esgrirc/report/288/

[4] 例えば、取締役会が備えるべきスキルとして提示した各項目に該当する人数を示す、各候補者の選任理由において保有するスキルを説明する、など。

[5] 例えば、金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」は「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム」を公表した。
https://www.fsa.go.jp/news/r4/singi/20230426.html

[6] https://www.meti.go.jp/press/2022/07/20220719001/20220719001.html

 

リサーチセンター通信 一覧を見る